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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第四話 上洛・其の肆

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文久三年三月三日、清河八郎の思惑を知った浪士取締役達は協議の末、『現在来港している英吉利艦隊を攘夷浪士からの襲撃から警護するため』との理由を付け、江戸に帰還させる命令を浪士組に下した。確かに昨年八月に生麦事件が勃発し、あり得ない話では無いのだが、わざわざ京都に向かわせた浪士組に下す命令としてはあまりにも不自然である。明らかに清河を江戸に帰還させるための苦肉の策と言って良いだろう。
 それと同時に少しでも清河の勢力を殺ぐため鵜殿鳩翁は浪士組の殿内義雄と家里次郎に残留者を募るよう指示、これに応える形で近藤勇率いる試衛館派、芹沢鴨率いる水戸派が将軍警護のため京都に残ることを真っ先に表明した。
 勿論この動きに対して清河は不服を露わにし、浪士取締役らに詰め寄ったが決定は覆らず、江戸への出立日は三月八日と通達された。



「何だか大事になってきてしまいましたねぇ。」

 鵜殿との謁見を終えた後から始めている自主的な『市中見回り』をした後、沖田は玖太郎の家の縁側で千枚漬けを囓りながらため息を吐いた。男所帯の気楽さからだろうか、野袴を脱ぎ、胸許を少し緩めた紺絣の着流し姿ですっかりくつろいでいる。慣れない市中見廻りで汗だくになった所為もあるのだろうが、試衛館塾頭としては少々だらしなさ過ぎる感が否めない。本人曰く『実家の躾が厳しかったのでその反動』との事だが、周囲のろくでもない諸先輩達に感化されたというのが本当のところだろう。

「あ~あ、まだうだうだやっているらしいな。いい加減決めちまえばいいのに。」

 そのろくでもない諸先輩の一人--------------沖田と同じくだらしない着流しを尻っぱしょりにした原田が隣の家を顎で指し示しながら肩を竦めた。隣の家からは何やら激しく論争を繰り広げる声が聞こえてくる。それは隣の家ばかりではなく浪士組を預かる壬生村の家々全てに言えることであった。

「仕方が無いだろう。江戸帰還か京都残留か・・・・・これからの人生がかかっているかも知れない選択、むしろ我らの方が潔すぎるのだ。」

 原田のぼやきにすかさず柱に寄りかかっていた斉藤一が答える。他の試衛館の面々と違い、この男だけは濃い万縞の長着をきっちりと身につけ、寝押しした袴を穿いている。試衛館に食客として在籍していたのが一年足らずだったということもあるのかもしれないが、まるでどこかの藩に属している下級武士のような趣さえ感じられるのだ。

(土方さんといい、やっぱりもてる男は身だしなみから違うんですかねぇ。)

 決して愛想も良いわけではなく無口な斉藤だが、その清潔感からか年代を問わず女子衆には受けがよい。ただ斉藤は女子よりも専ら一升瓶のほうが好みらしく、酒豪伝説を聞くことはあっても女子に関しての噂は一切聞いたことが無かった。
 別に女子にもてたいとはそれほど思わない沖田であったが、それでもこれからの人生次第では一分の隙もない身だしなみを求められるようになるのだろうな、と漠然と思う。

「これからの人生がかかっている選択ですか・・・・・一理ありますね、斉藤さん。」

 沖田は新たに千枚漬けを口に放り込みながら斉藤に答えた。試衛館派、そして水戸派以外の浪士組隊士達は京都残留か江戸帰還か連日喧々諤々の論争を繰り広げているのである。その論争故に当初八日であった帰還日が順延されてしまったほどだ。

「確かにそうだな。特に妻子持ちは慎重みたいだし・・・・・半分以上は江戸に帰るみたいだぜ。それも仕方ないけどな。」

 原田も沖田に同意する。最初こそ真っ二つに意見が分かれたものの、時間が経つにつれ右も左も判らない京都に残るよりは住み慣れた江戸に帰りたいという里心が増してゆき、徐々に江戸へ帰還しようとする者が増加していっている。この様子だと最終的には試衛館の者と水戸派の者以外は十名も残らないだろう。
 そんな状況に多少の心細さを感じつつも自分は試衛館の塾頭として近藤の決めたことに付いていくだけだと沖田は腹を決めていた。

「そうだな。でも清河の野郎の下に付くよりはこっちに残っていた方がいいんじゃねぇか?どちらにしろ公方様の警護で数ヶ月はいるつもりだったんだからよ。」

 沖田の横で同じく千枚漬けを囓っている永倉が呟いた。やはり見廻りの後は疲れて塩気の多い物が欲しくなるのだろうか、それこそ大鉢に山盛りに盛られた漬け物がどんどん無くなってゆく。
 鵜殿には許可を取ってあるものの、奉行所にも京都守護職にも認められていない私的な見回りである。真似事と揶揄されている見廻りであってもそれなりに神経は使うし、それ以上に奉行所の役人や会津藩兵に胡散ぐさげに見られ、時には何をしているのか問いただされることも少なくない。

「ところで話は変わりますが・・・・・皆さん、今夜のこと聞いてます?」

 沖田が周囲を見回し、関係者以外誰もいないことを確認してから小声で尋ねる。

「ああ・・・・・例のことか。」

 永倉も急に真顔になって声を落とした。帰還か残留かを決める締め切り日だった昨日七日、突如江戸帰還の翌日延期と、それと同時に鵜殿鳩翁から清河の暗殺命令が出たと殿内から告げられたのである。

『もちろんそなた達だけではない。水戸の者にも同様の指令が出ておる。どちらが優れているか試しでもあるのだろうな。』

 居丈高な殿内の言葉は明らかな挑発であったが、近藤を始め試衛館の皆はそれに乗ってしまったのである。しかし冷静に考えると何か腑に落ちない。

「山南さんが天狗ども、もとい水戸の連中に相談しに行ったらしいが、あちらはこちら以上に頭に血が上っていたそうだぞ。」

 斉藤の情報は皆が驚くほど早い。どこにでも首を突っ込むような性格に思えないだけに不気味であるが、情報の精度も高く何かと重宝する。

「さもありなん。何せ『大篝火』だしな。」

 斉藤の言葉に頷くと、永倉は千枚漬けをもう一枚口の中に放り込んだ。

「・・・・・阿比留さんじゃないですけど、殿内さんの言葉を信じても良いのでしょうか。」

 沖田が根本的な疑問を呟いた瞬間、その場にいた三人は思わず吹き出し、口の中にあった千枚漬けを吐き出してしまった。

「・・・・・いまさらかよ。あんな野郎の言葉を真っ向から信じているのはお前とお人好しの近藤さんくらいだぜ。」

 原田が沖田の頭を軽く小突きながら言ったその時である。

「ああ、その通りだ。まったく師匠と弟子がここまでおめでたいとはな。」

 四人の会話に土方が割って入ってきたのである。

「何か腑に落ちねぇと思って浪士取締役殿に直接お伺いを立ててきたら、案の定そんな命令は出していねぇだとよ。むしろ俺たち以上に度肝を抜かれていたぜ。」

 その様子が相当面白かったのか土方はくすくすと思い出し笑いをする。

「おおかた殿内が気を利かせたんじゃねぇか、っておめでたい意見をほざいていたが。」

 使えねぇ浪士取締役様だ、と土方は毒づくと、一度言葉を止めてさらに続けた。

「・・・・・よっぽどの狸か本当に知らないかじゃなけりゃ、あんなすっとぼけた間抜け面はさらさねぇだろう。阿比留の言い分ともつじつまが合うし・・・・・この件、適当に流してわざと暗殺を未遂にさせた方が良さそうだ。」

 とりあえず命令を聞く振りをして様子を伺った方が得策だと土方は断言した。

「しかし水戸のお方はどうするんですか?」

 自分達はともかく、頭に血が上っている水戸派の連中が素直にこちらの言い分を聞くとも思えないし、何よりも目の前に『宿敵』とも言える清河の姿があったら命令などなくても刀を抜きかねない。

「どちらにしろ『清河暗殺計画』は水戸もこちらも一緒にやらなきゃならねぇ。あっちに手柄をくれてやる振りをして山南さんと平助を向こうに付けさせる。二人とも北辰一刀流だ、奴等も文句は言わねぇだろう。」

「しかし本当に出くわしてしまったら・・・・・。」

 沖田は一抹の不安を口にするが、勿論土方はその点も考慮していた。

「何のためにてめぇのアニキをとっとと江戸に帰さず浪士組にくっつけていると思っているんだ。林太郎にゃこちらの暗殺計画を流して貰うんだよ。身内の話を信じるとは思えねぇが奴も用心くらいはするだろう。」

 土方は真面目な顔で続ける。

「幕府に楯突く奴なんざ別に殺っちまってもかまわねぇと思うが、手を下したことを変に利用されるのも癪じゃねぇか。とにかく殿内の思惑が判るまで奴の手に乗るんじゃねぇぞ。」

 土方のその言葉に、その場にいたものはただ黙って頷いた。



 その日の夜、芹沢率いる水戸派及び近藤率いる試衛館派は清河が出かけるのを確認し、四条堀川で待ち伏せをしていた。
 気持ち悪いくらい生暖かい春の風を受けながらしばらく待っていると清河の入っていった料亭に複数の人間がやってきたのである。朧に霞んだ八日月の光に浮かび上がったのは、やたら長い勤王刀を腰に差した総髪の数人組--------------明らかに長州系の浪士達の姿である。

「長州の不逞浪士ではないのか、あれは?」

 近藤がそれをめざとく見つけ、思わず刀の柄に手をかける。だがそれを止めたのは他でもない土方であった。

「近藤さん、今は我慢だ。殿内の術中にはまらないようにする事だけを考えろ。」

「あ・・・・ああ。」

 土方の制止近藤はいまいち納得していなさそうである。清河暗殺-------------明らかに殿内の罠にも拘わらず近藤と芹沢は意気投合して今に清河の所に乗り込みかねない勢いだったのだ。それを土方や山南、そして他の者達が必死になって止めて今に至る。

「今は誰が味方になるか敵になるかわからねぇんだ。あんたの人の良さと正義感は認めるが、ここは我慢してくれ、勝ちゃん。」

 勝ちゃん--------------その呼び名で土方が近藤を呼ぶ時、その言葉は本気の懇願である。それを知っているだけに近藤はそれ以上言えなくなってしまう。

「判った。」

 どう転ぶか判らない状況の中、今は勝負をする時ではない。目の前にいる大物をじりじりとした思いで見つめながら試衛館の面々は息を潜めていた。



 清河の暗殺は林太郎の工作もあり未遂に終わった。その失敗を殿内はなじったが、芹沢も、そして近藤もそれを冷ややかに見つめるだけである。そして殿内に任しておけないと芹沢派と近藤派は水戸派の宿泊所になっている四出井友太郎の家に集合して話し合いを持った。

「残るのはいいとしてもこのまま殿内の下に付いていても良いとは思わぬ。」

 重々しい声で芹沢鴨が話の口火を切る。酒が入ると手が付けられないが、水戸学を学んでおりそれなりに教養も思想もある男である。そして話をしてみると意外と人なつっこく、面倒見が良いのだ。我儘なガキ大将がそのまま大人になってしまったような男、それが芹沢であった。

「ではどうする?浪士取締役殿もいまいちおっとりしていて頼りにならぬぞ。」

 芹沢の言葉に近藤が疑問を呈する。確かに殿内は自分達を自分の家来か何かのように扱おうとしているのは間違いない。しかし肝心の鵜殿が殿内に利用されているきらいがあるのだ。確かに浪士組の頭だった清河が幕府に反旗を翻しかねない勢いの今、そこから分離を考えている小さな集団に目を向けろと言うのは無理かも知れないが、それにしても人が良すぎるのである。

「俺に考えがある。一橋家を通じて京都守護職の会津公に話を付けて貰うというのはどうか?水戸からの繋がりで一橋家には幾人か知人がいる。そちらから働きかけて貰えば少なくとも今よりは動きやすくなるだろう。どっちにしろこのままでは殿内の捨て駒だ。」

 そう言いだしたのは芹沢であった。芹沢に借りを作るのは癪だが他に良い考えも思いつかない。特に田舎道場の道場主である近藤と元・水戸藩士だった芹沢とでは信用が違うのである。剣術の実力がありながらその身分故辛酸を舐めている近藤にとって芹沢の申し出はありがたいものに思われた。

「ではお願いしてもよろしいか。」

 土方や山南、そして他の者が止める間もなく人の良い近藤は素直すぎるほど素直に芹沢の申し出を受けてしまったのである。



 芹沢の工作が実り、一橋家から幕府へ-------------というか芹沢の知人を通し一橋家から二条城詰めの老中へ根回しをしてもらい、そして三月十日、幕府から京都守護職・松平容保へ浪士組京都残留組の差配が命じられたのである。
 それと機会を同じくしてあらかじめ準備していた嘆願書を試衛館派、水戸派など--------------芹沢鴨・新見錦・平山五郎・粕谷新五郎・平間重助・野口健司ら水戸藩出身者、近藤勇・山南敬助・土方歳三・永倉新八・原田左之助・藤堂平助・沖田総司・井上源三郎ら試衛館道場の者、斎藤一・佐伯又三郎、阿比類鋭三郎の計十七名の連名で提出したのである。

 その動きに慌てたのが殿内であった。自分のあずかり知らぬところで一見水と油のような試衛館派、水戸派が結託して動くとは思わなかったのである。しかも一連の動きは浪士取締役の鵜殿さえ把握していなかったというのである。

(阿比留か--------------!)

 何故か田舎道場の連中と行動を共にしている後輩に、殿内は苛立ちを覚えたが、すでに出されてしまった嘆願書を取り戻すわけにはいかない。しかもこの動きには一橋家も一枚噛んでいるらしい。殿内は根岸友山・清水吾一ら旧知の仲間と共に行動を共にすることになるがその繋がりは試衛館派や水戸派に比べると極めて脆弱なものであった。
 それぞれの思惑が蠢く中、浪士組の江戸帰還が次の日に迫った三月十二日嘆願書が会津藩に受理され正式に近藤達は会津藩預りとなる。これこそが壬生浪士組--------------後の新選組の誕生であった。



UP DATE 2010.02.26


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『上洛』最終話です(^^)。実のところ、この部分ってあっさり読み飛ばしてしまうことが多いので(乾笑)執筆に当たり改めて勉強し直しました。しかし調べてもいまいち判らないことも多いんですよね~(爆)。
今回扱った浪士組の江戸帰還も清河が言い出したことを取締役が呑んだのか、それとも清河の動きに不穏なものを感じた取締役が江戸帰還を命じたのか・・・・・実は今だによく判っていなかったりするんですよ、自分(^^;
そもそも江戸に帰るつもりならば、出発時点で反旗を翻せばいいことじゃないかと個人的には思うんですよねぇ。その方が旅費をそのまま活動費に流用できますし(よい子と良い大人はこういう考えを持ってはいけません・笑)。
元々史実通りには書いていない作品ですが、この点はご容赦下さいませm(_ _)m

次回からは『壬生浪士組』、正式に会津藩預りになった彼らの最初の試練について書いてゆきます。


《参考文献》
◆新選組日誌(上)  新人物往来社
◆新選組 「最後の武士」の実像  大石学著  中公新書
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