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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第五話 苦い想い・其の壹

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一番楽しみにしていた琴からの手紙が来ていない―――――その事実は鬼の副長を打ちのめすのに充分過ぎる事実だった。

「あの・・・・・土方さん?」

 沖田はしょげる土方に恐る恐る声をかけるが、土方は上目遣いに沖田を一瞥しただけで再びがっくりと肩を落とす。

「そんなに落ち込まないでくださいよ。隊士達の士気に関わるじゃないですか。今回はたまたま手紙が書けない事情があっただけかも・・・・・。」

 沖田は土方を慰めようと必死に言葉をかけるが、『手紙が書けない事情』という一言がいけなかった。その一言を聞いた瞬間、土方は不意に厳しい表情を浮かべると、まるで地獄から這い出してきたような低い声で沖田に凄む。

「そんなもん、三味線屋の娘にある訳ねぇだろう!あるとしたら見合いくらいしか・・・・。」

 土方は自分で言ってしまった不吉な言葉に愕然とし、青ざめたまま口を噤んでしまった。年齢も年齢だし、一年以上も琴を待たせているだけに大いに有り得る。そんな土方を同情の視線で見つつ、沖田は恐る恐る口を開いた。

「やっぱりあんなものを・・・・・娼妓達の恋文の束なんて多摩に送るからいけなかったんじゃないですか。」

「いや、いくらなんでもあんなもん、お琴に見せるわけ無いだろう。実家の奴らだって馬鹿じゃ・・・・・。」

 そうは言うものの、土方の声は小さく自信無さ気であった。やはり琴からの手紙が来なかったという事実が重くのしかかっているのだろう。そんな土方に対して沖田はとどめとも思える一言を口走ってしまった。

「むしろ見せていれば問題無いと思いますけどね。噂だけが独り歩きしてお琴さんの耳に入っていたら余計に疑心暗鬼で・・・・・。」

 そこまで喋って沖田の口が不意に止まる。何故なら土方がものすごい形相で睨んでいたからである。

「疑心暗鬼で・・・・・それから何だ、ええ?はっきり言いやがれ!」

 今にも斬り殺されそうな殺気に沖田は思わず後ずさってしまう。

「あ、はは・・・・・・やっぱり不安に思うんじゃないですかね。江戸に残されている方としては。」

 怯える沖田を睨む土方の視線はますます鋭くなる。これは絶対に拳の一つでも食らうだろう―――――そう沖田が思った瞬間、土方はくるりと文机の方に向かい、墨をすり始めた。土方の思わぬ行動に沖田は面くらい、思わずその手元を覗きこむ。

「土方さん、一体何をしようと・・・・・。」

「とっとと出ていけ!ぶっ殺すぞ!!」

 沖田に拳を食らわさなくても機嫌が悪いことには変わりない。本気で沖田を殺しかねない土方の一喝に沖田は思わず部屋を飛び出してしまった。



 沖田が副長室から飛び出した後、墨を擦りながら土方は心を落ち着かせようとした。だが、落ち着こうと焦れば焦るほど心はさざなみだってゆく。

(娼妓遊びなんて・・・・・あれくらいの冗談、昔だったら笑って許してくれたじゃねぇか。)

 強い力で擦られている墨は手紙を書くには充分な濃さになっていたが、土方はひたすら墨を擦り続ける。否、手を止めることに気がついていないと言った方が正しいかもしれない。土方の気持ちはこの瞬間、江戸の琴の許に飛んでいた。そしてそれまで自分の気持ちがずっと京都に―――――新選組の運営のみに注がれていた琴にようやく気がついた。

(お琴・・・・・俺のせいなのか。俺が新選組に、京都での務めにかまけていたから・・・・・。)

 だが、同時にこの程度で愛想をつかされていたらやっていられないという思いもある。男子一生の勤めに臨んでいるのだ。その土方の心の変化を琴は敏感に感じたのかもしれない。

(確かに娼妓からの手紙の束を送ったのは悪ふざけが過ぎたと思うが・・・・・だったらその事を詰る手紙くらい寄越せばいいじゃないか!)

 琴の心離れに対する不安が苛立ちへと変わってゆく。だが、どんなに苛立っても琴は江戸にいるのだ。問い詰めたくてもそう簡単に会いに行く事さえできない距離に、土方はぎりぎりと唇を噛み締める。

(もう一度だけ・・・・・こっちから手紙を出してやるから返事をよこせ!)

 噛み締めた唇が切れてしまったのか、口の中に血の味が広がってゆく。土方は遠く離れた許嫁に文句を言いながら、濃くなりすぎた墨にようやく筆を下ろした。



 翌日、昼の巡察から屯所に帰ってきた沖田は玄関である人物と出くわした。

「あれ、山南さん。お出かけですか?」

 粋な万縞に仙台平の袴、さらりと黒羽二重を羽織った山南に沖田はにこやかに声をかける。

「ああ、総司か。ちょっとそこまで、ね。」

 山南の意味深な物言いに沖田はにやりと笑い、部下達に聞こえないようにそっと山南に耳打ちする。

「もしかして、島原ですか?平隊士達が噂していますよ。山南さんが菱屋の明里を落とした、って。」

 沖田の言葉に山南はぷっ、と吹き出した。

「ははは、大仰だな総司は。私は客の一人さ。土方くんと違ってそこまでもてないよ。」

 屈託のない山南の笑顔につられて笑いながらも、沖田は思わず呟いてしまう。

「・・・・・もてすぎるのもどうかと思いますけどねぇ。」

 その瞬間、不意に山南が真顔になった。

「・・・・・総司、もしかして昨日から土方くんが落ち込んでいるのはそっちの方がも関係しているのかい?てっきり私は伊東さんが来たことで色々思い悩んでいるのかと思っていたんだが。」

 山南の一言に沖田は『しまった』という表情を浮かべる。

「・・・・・鋭いなぁ、山南さんは。腕が使えなくなっても近藤先生や土方さんが手放したがらない理由がよくわかります。」

「はぐらかすんじゃないよ。でも・・・・・伊東さんのことじゃないのならまだいいかな。」

「どういうことですか、山南さん?」

 今度は沖田が山南に尋ねる。そんな沖田の問いに山南は腕組みをし、言葉を選びながら丁寧に答えた。

「佐幕を旨としている試衛館派と勤王を志している伊東派は水と油ほどの違いがあるんだよ。さっき伊東さんとも話をしてきたけどね・・・・・今はともかく、そのうち双方の違いは表面化してくるだろうね。」

 山南は大きな溜息を吐く。

「できる限り橋渡しをするつもりだけど・・・・・それもなかなか骨が折れるのでね。ちょっと骨休めに行ってくるよ。」

「行ってらっしゃいませ。たまにはゆっくりしてきてください。」

 沖田は笑顔で照れる山南を送り出した。



 山南が明里を呼ぶのは揚屋の角屋である。いつもの如く明里を呼び、角屋で待っていると、程なくして明里がやってきた。

「山南はん、こんなところに来ぃへんでも、うちの置屋に上がってくれはったらええのに。」

 少し拗ねた表情を浮かべながら明里は山南の近くにするりと滑り込んだ。その仕草は娼妓の手練手管というより、情人への素直な甘えと言ったほうがいいだろう。山南を見る目も潤み、山南よりむしろ明里が山南に夢中になっているのが一目で判る程である。そんな明里を頬を優しく撫でながら山南は明里に微笑みかけた。

「ははは、菱屋の女将が怖くてね。大事な娘にどんな悪い虫が付いたんだ、ってすごい形相で睨まれる。それに・・・・・。」

 山南は明里を抱き寄せるとそっと唇を重ねる。

「・・・・・私と深い仲だと不逞浪士達にばれてしまったら、君の身の安全を保証することが出来ない。実際監察とその情人が共に殺されたということもあるんだ。」

 山南の脳裏に恋人と共に殺された佐々木愛之助の事がよぎった。明里にだけはあんな危険な目に遭わせたくないと心の底から思う。

「それに・・・・・君が集めてくれる情報があまりにも素晴らしいのでね。私が囲ってしまったらそれが得られなくなる。」

「そっちが本音やないですか。いけずやわぁ。」

 くすくすと笑いながら明里は山南の耳元に唇を寄せた。

「長州は・・・・・戦うことを諦めてどう生き残ろうか動き出してますえ。」

「どういうことだい、明里?」

 山南はさらに明里を強く抱きしめながら更に尋ねる。

「長州藩内部では下関戦争の後に藩論が分裂しはったそうです。確か・・・・・俗論派とかゆう派閥が政権を握ったとか・・・・・。征長総督参謀の西郷はんの申し出を全て飲み込むことになりそうや、って長州浪士らしいお客はんが言うておりました。」

 勤めを行いながら集めた明里の報告に、山南は満足気に頷いた。

「まぁ、あれだけの兵を集結してしまえばさすがに長州も・・・・・だが、幕府はそれを許すのだろうか。」

「せやから今、京都で工作しようとしてはる長州浪士がいるんやないですか。」

 明里は山南の腰に手を回しながら袴の紐を緩め始める。

「なるほどね。昨日も長州浪士が捕縛されたが・・・・・それ以上に動いているんだろうな。」

 山南は三つ重ねに明里を押し倒しながら首筋に唇を這わせた。

「や、山南はん、まだお話は終わってまへん・・・・・。」

「それは後でいいよ。今は・・・・・君の肌が恋しい。」

 どうやら長州討伐は幕府が勝利を収めそうだ。だが、完全に息の根を止めない、妥協案でかたをつけるやり方に山南は言いようのない不安を覚えた。詳細は二、三日のうちに入ってくるだろう。だが、長州を目の敵にしている薩摩の西郷隆盛が参謀を務めている今回の戦いにおいて、その解決を妥協案で済ませようとする事に山南は違和感を覚えた。

(裏で何かあるのか。私の杞憂であってほしいものだが・・・・・。)

 苦味を伴う不安を抱きながら、山南は明里のぬくもりに溺れていった。



UP DATE 2012.11.09

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お琴さんから返事が来ず、悶々としている土方に対し、色々不安は抱えているもののプライベートは幸せそうな山南さん(*^_^*)まるで対照的な大人二人です(笑)

歳の方は色々想像するものの、相手は遠く江戸に居るわけで・・・・・お見合いをされてしまっても、他に恋人ができてしまっても歳は文句が言えない立場なんですよね~。その事にようやく気がついたようです。娼妓達の恋文の束を送ったあとに(爆)とりあえず手紙を書き始めた歳ですが、そのお返事は来るのでしょうか・・・・・あまり期待はできそうもありませんけどね(^_^;)

一方山南さんは明里とラブラブなようですvどうやら明里のほうが山南さんのオトナの魅力にハマったようですけど(^_^;)山南さんの仕事の手伝い(監察の真似事)を自ら買って出ているようです。この二人の恋の結末もご存知のかたはご存知でしょうけど・・・・・(;_;)この二人の恋も『夏虫』流に追って行きたいと思いますv

次回更新予定は11/16、色々江戸へ送るものの中へ歳は今回書いた手紙を忍ばせる事になりそうですv

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S様、先週に引き続きコメントありがとうございますm(_ _)m 

S様、こんにちは^^
仰る通り恋愛に関しては百戦錬磨の副長でも、本命相手には翻弄されっぱなしです^^さらに江戸時代の遠距離恋愛、恋文を送っても届くのは半月後ですから、余計に辛いんじゃないかと・・・。この後、10年経たないうちに明治政府になって郵便制度が整うのですから世の中わからないものです^^;

これから試衛館派と伊東派の対立はどんどん深まるでしょう。間に挟まれた山南さんだけが今のところ深刻にしんぺいしているようですが・・・追々書いていきますので宜しかったらお付き合いのほどよろしくお願いしますm(_ _)m

丁寧なコメント、ありがとうございましたv
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