「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第七話 苦い想い・其の参

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冬の弱々しい日差しが沖田と小夜を照らすが、それ以上に木枯らしの冷たさが身に沁みる。そんな木枯らしより冷たい、かわた村での仕打ちを小夜は言葉を選びながら沖田に語りはじめた。

「ここで逢うている事がかわた村の仲間に見つこうてしもうたんです。身分が身分やから、かわたの者はただでさえ余所者との関わりを厭うところがあって・・・・・。」

 できる限り冷静に語ろうとしていた小夜だったが、さすがに感極まったのか切れ長の目からぽろり、と涙が溢れる。

「沖田センセはお江戸の方やし、いつ江戸帰らはるかわからへん、すぐに別れて二度と逢うんやないと・・・・・それが無理やったらかわた村から出ていけと迫られてます。」

「そんな事を・・・・・言われているのですか?」

 まさか村から出ていけと言われるほどの大事になっているとは思いもしなかった沖田は驚愕の表情を浮かべた。それを踏まえれば小夜の弟・伸吉の行動も理解できる。沖田は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「へぇ。勿論沖田センセとこうやって逢わせて頂いてるんやったら、それくらいは言われるやろうと覚悟はしてましたが、先日父からも『うちらが村から追い出されるのはともかく、あちらさんに迷惑がかかるから沖田センセを諦めろ』と・・・・・!」

 涙声で言いかけた小夜の言葉が不意に止まる。何故なら沖田が小夜を自らの胸に抱え込むように強く抱きしめたからである。そして驚く小夜の耳許で囁いた。

「・・・・・や、です。」

「え・・・・・?」

 沖田の声はあまりにも小さく、聞き取れなかった小夜は聞き返す。

「・・・・・嫌です、そんなの。お小夜さんと二度と逢えなくなるなんて・・・・・絶対に嫌です!」

 沖田の声は決して大きくなかったが、その声には心が張り裂けそうなほどの悲壮感が滲み、苦しげであった。
 かわた身分の者が仲間から阻害されてしまったら生きていけないことは沖田も重々知っている。金を積み上げての養子縁組という裏取引でさえできない身分差も、いつかは江戸に戻らねばならない自分の立場も理解しているつもりだ。
 小夜とは決して結ばれることはできない―――――小夜に新たな許嫁ができるまでか自分が江戸に帰るまでの間、ただ逢って話が出来ればそれで満足だと沖田は思い込んでいた。否、思い込もうとしていた。だが頭ではそう思い込もうとしていても、いざそういう事態に陥ってしまうと小夜を失いたくないという感情が溢れでてしまう。

「勿論お小夜さんの立場も解っています。だけど・・・・・あなたを失いたくない。」

 小夜を抱く腕に力が籠もる。別れたくない―――――沖田の切ない想いは、小夜と同じものであった。

「うちもいやどす・・・・・沖田センセに逢えひんようになるなんて・・・・!」

 小夜も感極まり、沖田の腕の中で泣きじゃくり始めた。そんな小夜を沖田はただ抱きしめる。

(何て細い・・・・・首筋なんだろう。)

 沖田を信じ、すがりつく小夜を抱きしめ続けているうちに、沖田の中で箍が外れたような気がした。

(ただ言葉を交わすだけじゃ・・・・・もっと深く交わりたい。)

 淡い恋心ではない、激しい想いが沖田の身体中を駆け巡る。甘いだけじゃない、苦さを含んだ激情に沖田は溺れそうになるが、それをかろうじて押さえつけた。そして冷静さを装いながら、沖田は今の今まで自分でも思いもしなかった一つの提案を口にした。

「お小夜さん。もしも・・・・・もしもの話ですよ。あなたがかわた村に住めなくなってしまったら私と一緒に暮らす気はありますか?」

「え・・・・・!」

 泣き濡れた瞳でまじまじと沖田を見つめる。その真っ直ぐな視線に、沖田は自分の下心を見透かされたような気がして顔を赤らめた。

「あの・・・・・ですね、実は同僚の中で『長期間京都にいるのであれば休息所を』という話がぽつぽつと出ているんです。近藤先生もその・・・・・妾を囲い始めましたし。」

 沖田は真っ赤になりながらも、『休息所』の言い訳をする。

「も・・・・・勿論、変なことはしませんから!で、でも・・・・・もし住むところに困ったら私に一声かけてください。雨風をしのげる場所くらいは何とか・・・・・。」

「・・・・・おおきに。」

 沖田の腕の中で小夜は泣き濡れた顔で微笑んだ。

「なんでうちは・・・・・かわたに生まれてしもうたんやろ。普通の町人やったら養子縁組で・・・・・。」

 沖田の腕の中で俯く小夜の顎に手をかけ、自分の方を向かせながら沖田は小夜の瞳を覗きこむ。

「でも、普通の町人の娘でしたら、私とお小夜さんは出会わなかったでしょう。池田屋で助けてくれたのもお小夜さんがかわた医者の娘だったから・・・・・だから、私は身分を恨んではいません。」

「沖田センセ・・・・・。」

 吹きすさぶ木枯らしの寒さも、二人で寄り添っていれば耐えられる。見つめ合う顔が徐々に近づき、二つの唇がそっと重なりあった。



 いつになく情熱的だった小夜との逢瀬の後、沖田は足早に屯所へ向かいながら先程自分が口走った事を考え続けていた。

(休息所・・・・・か。)

 確かに今の屯所はかなり手狭になってきており、幹部だけでも外に住んだほうがという話は持ち上がっていた。今回の隊士募集でもあまり大人数を連れてくる事ができなかったのも屯所の狭さが原因の一つである。
 商家の娘との結婚を考えている原田や、かなり深い関係を持った娼妓がいると言っていた永倉らは土方に休息所を認めてくれるよう申し出をしていたが、全ては近藤が京都に帰ってきてからと突っぱねられていた。

(近藤先生も帰ってきたことですし・・・・・休息所を持てるか持てないかは別として、話をするだけでも可能性は出てくるかもしれませんよね。)

 たとえ許可が降りたとしても、休息所に相応しい物件を探しだすのにそれ相応の時間もかかるだろう。いざ捕物となったらすぐに出動できる近さだって必要である。

(壬生にそんな場所は無いですよね・・・・・やっぱり難しいんですかねぇ。)

 そんな事を取り留めもなく考えているうちに、いつの間にか沖田は屯所へ到着した。沖田は近藤に帰還の挨拶をした後、すぐさま副長室を覗きこむ。

「あの、土方さん。ちょっとよろしいでしょうか。」

「・・・・・何だ?」

 仕事の話ならすぐに要件を出してくる沖田が回りくどい言い方をする時、それは私的な話をする時である。土方は目配せで沖田に近くに来るように指示をした。

「実はちょっと伺いたいことがありまして・・・・・幹部に休息所を、って話が以前ありましたよね。あれってどうなっているんでしょうか。」

 沖田がそう切り出した瞬間、途端に土方は苦虫を潰したような表情を浮かべる。

「ちっ、おめぇもか。まったくどいつもこいつも京都でよろしくやりやがって。」

 面白くなさそうに舌打ちをした後、意外な指示が土方の口から飛び出した。

「総司、もし本気で休息所を考えてるんなら、西本願寺近辺で適当な町家を漁っておけ。」

「西・・・・・本願寺、ですか?」

 沖田の顔に緊張が走る。西本願寺は長州藩と深い縁があり、何かにつけて長州藩士が西本願寺を頼りにしていた。建前上京都から長州藩士が消えた現在でさえもその近辺で長州系浪士の姿が目撃されている。

「もしかして、何か不穏な動きでもあるんですか?」

「今のところはねぇよ。鼠が数匹うろちょろしている以外はな。」

「じゃあ何故・・・・・ここからはちょっと遠すぎませんか?」

 土方は何を考えて西本願寺近辺に休息所を構えろというのか。どう考えても理由が解らず沖田は土方に尋ねた。

「おめぇもすでに知っているように、来年の晩春を目処にあそこに屯所を構えるからさ。」

 まるで決定事項のようにさらりと言ってのけるが、その話はまだ交渉中である事も沖田は知っている。

「いいんですか。あの話はまだ決定していないはずじゃ・・・・・。」

「だから既成事実を作っちまうんだよ。正攻法が無理なら搦め手だ。」

「・・・・・私には、休息中の幹部に西本願寺を見張らせているとしか思えませんけどねぇ。」

「よく判っているじゃねぇか。」

 表情ひとつ変えず土方は答える。

「大方あのかわた娘だろう、おめぇが囲いたいってぇのは。」

 土方に図星を突かれたその瞬間、沖田の顔がこれ以上ないくらい真っ赤になった。

「ひ、土方さん!そ、そ、そんな露骨な言い方しないでくださいよ!か、か、囲うなんて・・・・・。」

 その狼狽ぶりに土方は一瞬訝しげな表情を浮かべる。

「何、照れてやがる・・・・・まさかとは思うが、まだ手ぇ出してねぇのか?」

 まるでとっくの昔に関係を持っているだろうと言わんばかりの土方の一言に、珍しく沖田は土方に噛み付いた。

「当たり前じゃないですか!土方さんと一緒にしないでください!そもそもお小夜さんはかわたとはいえ身持ちの堅い、しっかりしたおなごで・・・・・。」

「・・・・・その身持ちの固いおなごを、何故休息所に囲おうってぇんだ?」

 その瞬間、沖田は言葉に詰まる。だが、この事こそ土方に告げなくてはならないと、沖田は重々しく口を開いた。

「実は・・・・・お小夜さんが私との付き合いに反対されているとかで・・・・・もし万が一、村を追い出されることになってしまったら私が責任を取りたいと。」

「・・・・・幕臣に取り立てられる事になるまで、だぞ。」

「え?」

 聞き取れるか取れないかというくらい低い土方の声に、沖田ははっ、と我に返った。自分と小夜の身分の違いはこちら側でも歓迎されていない事を、土方の声音で改めて思い知らされたのである。

「浪士の内ならお目こぼしもあるけど、武士になったらたとえ妾でも身分が問われる。幹部がかわたの娘を囲っているとなればそれだけで問題になるし、下手をすりゃ幕臣取り立て自体が無くなるだろう。できることなら手を付ける前に別れろ、と言いてぇところだが・・・・・その顔じゃ無理だな。」

 沖田を一瞥しながら土方は首を横に振った。

「まぁ、幕臣取り立ては当てにならねぇ話だからいいとして・・・・・明日死ぬかも知れねぇ命だ。いつおめぇが死んでもいいように覚悟を決めておけと相手に言い含めておけ。」

 それは土方流の『交際許可』である。その一言に沖田の表情はぱっ、と明るくなる。

「ありがとうございます、土方さん!」

 暫定的ではあるが許しを得ることができたことに沖田は感謝し、嬉しそうに頭を下げた。



 のちに土方はこの時の自分が出した許可を後悔する事になる。自分の恋に暗雲が漂っていた所為もあり、せめて弟分の恋だけはと仏心を起こしてしまった事を悔やみ、この時点で諦めさせていれば沖田も小夜も深く傷つくことは無かったと―――――だが、それは遥か後のことである。



UP DATE 2012.11.23

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どさくさ紛れに『初めてのちゅ~』をしてしまった沖田&小夜です(#^.^#)まぁお互い好意を持っていながらなかなか手をつなぐところから先に行かなかった奥手な二人ですので・・・・・これくらいのハッパがないとなかなか動き出さないんですよね~。

そんな沖田に対して土方は二人の交際→同棲を事実上許可してしまいました。本当ならこの時点で(深みに嵌りかねない時点で)手を切らせなくてはならないのに・・・・・土方自身の恋がうまくいっていないこともあったのでしょう。らしくない、甘い判断を下してしまいました。この事が後々大きな不幸となって沖田や小夜に振りかかるのですが・・・・・ざっと二年後くらいあとの話になりそうです(^_^;)

次回更新は11/30、長州討伐が収束に向かい、『新選組』として苦さを感じる事態になってゆきます。
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