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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第八話 苦い想い・其の肆

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新選組が京都での警備に明け暮れている間に、第一次長州討伐は長州側が内側から崩れていく形で収束に向かっていた。幕府側が広島へ三十六藩十五万の兵を集結させて長州へ進軍させた一方、長州藩内部では下関戦争の後に藩論が分裂し、俗論派が政権を握ったのである。
 数の上でも士気においても勝ち目がないとみた俗論派は、十一月十一日に禁門の変の責任者である三家老、国司親相・益田親施・福原元僴に切腹を命じた。それを受けて幕府軍は十一月十九日に征長総督・徳川慶勝の名で撤兵の条件を長州藩に告げる。それは藩主服罪書の提出、三条実美ら五卿の他藩への移転、山口城の破却という、長州藩にとって屈辱以外何者でもない条件だったが、藩庁はこれに従い恭順を決定する。
 幕府側の一部には徹底的に長州を叩き潰せという過激な意見もあったが、十二月には総督により撤兵令が発せられる運びとなり、ここに第一次長州征伐は終結することになる。



 長州討伐の終了―――――近藤と土方がその話を会津藩公用方の広沢から聞かされたのは、撤兵令に先立った十一月の終わりであった。

「ひ、広沢殿!そ、それは真でございますか!一戦もせずに長州討伐が終結とは・・・・・。」

 広沢の言葉に思わず近藤が悔しげに声を上げてしまう。いざとなったらすぐに出陣できるよう準備をしていただけにその衝撃は大きかった。本当であれば大きな戦を回避できたことを喜ぶべきなのだが、武功を立てる機会を失った二人は、あからさまにがっかりした表情を浮かべる。

「今回の戦はあまりにも兵力差があったし、向こうは下関戦争の痛手も癒えていない。そういった意味では今回の戦、戦闘に持ち込まなかった長州側の勝利といえるかもし知れない・・・・・できることなら完膚なきまで叩きのめすべきだと私個人は思うが、上が決定したことだ。悔しいだろうが諦めてくれ。」

 まるで自分自身を納得させるように、広沢は近藤らを慰めた。

「だが安心するのはまだ早い。長州が力を温存したまま降伏したということは、再び息を吹き返すと可能性があるという事だ。実際、再び大阪がきな臭くなっているとの情報もある。我が殿の名を使って構わぬから資金を調達し、大阪の守備を強化せよ。」

 長州討伐が終わっても努々油断するな―――――そんな広沢の命令も、近藤と土方の二人には虚しい気遣いにしか思えなかった。



 広沢との謁見を終えた後、近藤と土方は二人肩を並べて真っ直ぐ壬生へ戻っていた。どこかに寄って酒で憂さを晴らす気にもなれぬほど、二人は落ち込んでいたのである。黙りこくったまま三条大橋に差し掛かった時、ようやく土方が横を歩く近藤に声をかけた。

「結局・・・・・『行軍録』は無駄になっちまったな、近藤さん。」

 枯れ葉が橋の上を舞い、歩き続ける二人の足に絡んでは再び離れていく。

「ああ・・・・・歳、おまえ、あれの写しを日野に送ったんだろう?」

 ぽつぽつと続けられる二人の会話は鉛のように重苦しい。近藤と土方は長州討伐の話が出た時点で行軍の為の計画書を作り上げていたが、それを実行する機会もなく長州討伐は事実上の終結を迎えてしまった。長州討伐に参加できなかったこと、それはすなわち『幕軍』の一員と認められなかったことを意味する。京都の街で警備に付き、幕府の為に働いていても『幕府の兵』として認めてもらえなかった悔しさが二人の会話ににじみ出ていた。

「命令さえ出れば・・・・・一刻後にだって出陣できるというのに。」

 近藤の脳裏には武装し、意気揚々と長州へ向かう新選組の隊列が浮かんでいる。だが、それは枯葉よりも存在感のない夢でしかないのだ。

「だがよ、近藤さん・・・・・軍中法度は普段でも取り入れることは可能だぜ。行軍録だってきっと近いうちに役に立つはずだ。」

 できるだけ前向きに考えようとしている土方の言葉にも虚しさだけが漂う。木枯らしの寒さに首を縮めながら、互いの傷を舐め合うような会話が続いた。

「これでは・・・・・なかなか『これ』という功績を立てるのも難しいな。」

 京都の街が平穏であることはありがたいし、それは自分達が警護をしているからという自負もある。だが、ありがたい筈の平穏も、長く続けばそれが当たり前になってゆき『功績』とは認められにくくなってゆく。

「今回は無理だったが、いつかは・・・・・武勲を立てて幕臣になれる日が来るよな。」

 抜けるような冬空を見上げながら近藤は呟く。まるで零れ落ちる涙を堪えるような近藤を、土方はただ見つめることしかできなかった。



 ついていない時というのはとことんついていないものである。黒谷から長州討伐が終息に向かっているとの話を伝えられた翌日、新入隊士三人が四条南座で粗暴行為を行うという事件が飛び込んできた。たまたま巡察で近くを通った松原が仲裁をして事なきを得たのだが、新選組の評判を貶める事件には変わりない。

「古参隊士か平隊士なら頭ごなしに怒鳴りつけるなり首根っこをひっ捕まえて表へ放り出して殴りつけることもできますけど・・・・・。」

 事件の報告をしている松原が歯切れ悪くに訴える。

「・・・・・けど?」

 何となく嫌な胸騒ぎを覚えつつ、土方は松原を促す。

「騒ぎを起こしたのは鈴木三樹三郎、中西昇、加納鷲雄・・・・・伊東さんが一緒に連れてきた者なんです。しょっぱなから険悪になってもと、強く注意することができませんでした。」

 松原の言葉に土方は思わず舌打ちし、渋面を作らざるを得なかった。というより、対処してくれたのが穏やかな松原だったことに土方は感謝した。これが試衛館子飼いの助勤達だったら流血沙汰になりかねなかっただろう。

「この件は俺から伊東さんへ釘を差しておく。で、次回からは・・・・・。」

 土方は一旦言葉を飲み込んで、再び口を開く。

「誰であろうとたちの悪い騒ぎを起こした奴は士道不覚悟で切腹だ。新選組に入隊したからには、たとえ幹部であろうと規則は守ってもらう。」

「・・・・・承知。」

 今まで力づくで守らせてきた新選組の規律だが、伊東派という不穏分子が入り込んだことで抑えが効かなくなっているのか。それとも二十人弱という人数が増えたことによって目が行き届かなくなっているのか。多分その両方だろうと、土方は忌々しげに再び舌打ちをする。

「ったく、一回シメ直さなきゃならねぇな。松原、他の助勤達も集めてきてくれ。」

 こんな事では幕軍として戦に参加することなど夢のまた夢だ―――――苛立つ土方の言葉に松原は立ち上がり、他の助勤達を呼びにいった。そして四半刻後、副長室に呼び出され、一連の話を聞かされた古参幹部達は神妙な表情を浮かべ、土方の言葉に頷く。

「確かに・・・・・まだお上りさん気分ではしゃいでいる者達がを黙認していたところはありますね。」

 最初に口を開いたのは沖田であった。

「ああ。自分たちも半月くらいはあっちこっち見物に出向いていたし・・・・・落ち着くまではと。」

「やっぱり京洛となれば浮かれるのも仕方ないかな、と・・・・・すみません。」

 助勤達は口々に自分達の甘さを認め、項垂れる。そんな助勤達を見て、土方はあえて明るい声で鼓舞した。

「起こっちまったもんは仕方がねぇ。明日から締めていくぞ!でなけりゃ出世なんてまだ夢の夢だ・・・・・討伐に出なくったって幕臣になれるってところを見せてやろうじゃねぇか!」

「おう!」

 土方の激に高揚するその場の中、己の感情を押し殺している者がいる事に誰も気が付かなかった。



 その日の夜の闇の中、巡察をしながら沖田は小さく呟いた。

「幕臣・・・・・かぁ。」

 確かに上洛した時、自分もそれを目指していた。それは師匠でもある近藤の夢を叶えることでもあったし、何よりも自分が幕臣になり別家を立てれば、姉たちに負い目を追わせる事もなくなるだろうとぼんやり考えていたのだ。だが、小夜と心を通わすようになるにつれ、幕臣という目標は沖田にとってほんの少し重く、厄介なものになりつつあった。

(お小夜さんを娶ることができれば、いくらでも頑張ることができるんだけどなぁ。)

 所帯を持つなら小夜と共に、と願う。だが幕臣という身分を得てしまえば小夜と別れなければならなくなる。今まで世話になった近藤の為に粉骨砕身頑張りたいという思いと同じくらいの重さで小夜とずっと一緒にいたいという気持ちもある。

(土方さんが言うように、別れるならば傷が浅い今のうちなのかも知れませんが・・・・・。)

 そう理性で思いつつ沖田は自らの唇に触れた。小夜の柔らかく、温かい唇の感触がまざまざと思い出される。
 家族や試衛館、そして新選組内で気を遣いながら生きてきた沖田にとって、小夜は唯一心安らげる『場所』になりつつあった。その安らぎを失いたくない。どうしたら良いのか答えを見つけ出せないまま、沖田達は西本願寺の近くまでやってきた。

「そういえば沖田先生、ここに引っ越すって本当なんですか?」

 先頭を歩いていた中村勘吾が振り向き、沖田に尋ねる。

「ええ。幹部達も休息所を持つならこの近辺にしろ、って土方副長も言ってましたよ。」

 沖田発した『休息所』の一言に、部下達が急に色めき立った。

「休息所かぁ。いいなぁ、女が囲えるなんてさぁ。色街の娼妓も悪かねぇけど飽きるんだよなぁ。」

「それは言える!江戸の娼妓と違って媚びてくるし。最初こそもてるのが嬉しかったけど、だんだんつまらなくなってくるんだよなぁ・・・・・だけど妾を囲うなんてさすがに平隊士じゃ無理か。」

「だよなぁ。羨ましいなぁ、休息所。」

 羨ましがりつつも、最初から諦め気味の部下達に向かって、沖田は悪戯っぽく笑う。

「何言っているんですか。これからどんどん隊が大きくなるにつれて助勤だって増やさなきゃならないんですから。あなた達だって充分に休息所を持てる可能性はありますよ。」

「本当ですか!」

 もしかしたら休息所を持つことができるかもしれない―――――打って変わってはしゃぐ部下達を、沖田はほろ苦い思いで見つめていた。

(きっと彼らは分相応な相手を見つけるんでしょうね。)

 小夜という触れてはならぬ花に触れてしまった沖田は、はしゃぐ部下達を眩しげに見つめる。身分が違かろうが、誰に反対されようが小夜と共に暮らしたい―――――沖田はすでに後戻りできぬ道へと踏み込んでしまった己をはっきり自覚した。



 長州討伐には参加できなかったが、ならば京都の警護で認めさせよう。新選組の皆がそう思い始めた矢先、その話は伝えられた。天狗党が京都を目指している、その討伐の為、瀬田へ出張せよ―――――会津から命令が下ったのは十二月朔日であった。



UP DATE 2012.11.30

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『苦い想い』も四話目、ある意味一番『苦い』思いをさせられたのは今回じゃないかと思います。池田屋で名を挙げても、結局は浪士・・・・・幕臣どころか幕軍として戦闘に参加することさえできなかったんですよね。自分ではいっちょ前だと思っていたけど実はそうではなかった・・・・・なまじそこそこの結果を残しているだけあってこの事実はきつかったんじゃないかな~と。それでもめげずに頑張り続けた近藤&土方のタッグはすごいな~と思います^^

一方総司は『幕臣』という夢に少し重さを感じつつあるようです。確かに武士としては最高の名誉でしょうけど、それと引き換えに愛しい人と別れなければならないかもしれない・・・・・恋を覚え始めた青年にとってこれは少々、というかかなりきついでしょう。本当の心配はまだまだ先のことになりそうですが、この頃から不幸の芽は出始めております。

次回更新は12/7、上洛を目指す天狗党を迎え撃つため新選組は出張することになります。
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